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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和33年(わ)25号 判決 1958年7月18日

被告人 津下秋義

主文

被告人を罰金五千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

公文書偽造、同行使の公訴事実につき被告人は無罪。

理由

(犯罪事実)

被告人は、法令に定められた自動車運転免許を有しないで、昭和三十一年十一月二十七日佐世保市佐世保駅付近より早岐を経由して佐賀県伊万里市二里巡査駐在所付近迄普通貨物自動車を運転し、以て無謀な操縦をなしたものである。

(証拠の標目)(略)

(前科)(略)

(法令の適用)(略)

(無罪部分の判断)

本件公訴事実中「被告人は、行使の目的を以て、昭和三十一年十一月二十七日佐世保市大黒町百四十七番地の自宅において福岡県山田町公安委員会発行にかかる山口栄助に対する普通自動車運転免許証写真貼付欄に擅に自己の写真を貼り付け、生年月日欄中昭和六年とあるのを擅に大正十五年と書きかえ、以て同委員会作成名義の普通自動車運転免許証一通の偽造をとげ、その頃これを真正に成立したものとして伊万里市二里巡査駐在所付近において、伊万里署巡査山口源蔵に対し提出して行使したものである。罪名は公文書偽造、同行使、罰条は刑法第百五十五条第百五十八条に該当する。」との点について審究するに被告人の当公廷における供述、被告人の検察官に対する供述調書、山口栄助名義に依る被告人の司法巡査に対する供述調書の各記載及び押収にかかる自動車運転免許証一通(証第一号)の存在並びに記載を綜合すると、被告人が昭和三十一年十一月二十七日佐世保市大黒町百四十七番地の自宅において、行使の目的を以て山田市公安委員会作成名義の山口栄助に対する自動車運転免許証中勝手に生年月日欄の昭和六年一二月一五日と記載しあるをペンとインクを用いて、年の数字六の文字を抹消してその上部に大正一五と記入し、写真貼付欄に自己の写真を貼付して右免許証記載の山口栄助が恰も被告人であるかの如く作出し同日佐賀県伊万里市二里町大里川西三又路二里駐在所前道路上において、巡査山口源蔵より自動車免許証の提示を求められた際、前記自動車運転免許証を同人に提示してこれを行使した事実を認めることができる。而して、右自動車運転免許証の記載に証人山口栄助の供述を綜合すると、右自動車運転免許証は昭和二十六年七月十四日熊本県御船警察署において紛失届出に依り再交付されたものであること(右交付当時に施行されていた道路交通取締令の規定に依れば免許を受けたときから二年毎に検査を受けなければ当該免許は無効となるべき旨及び右検査の為の免許証の更新期限を前記期間満了前三ヶ月以内と定められていたところから)右免許証には検査期限を当初は昭和二八年七月一三日と記載されていたのを、後右年の数字二八を抹消して二九と訂正し、結局検査期限を昭和二十九年七月十三日と訂正されていることを認めるに足る。而して、昭和二十八年八月三十一日に施行された道路交通取締法施行令の規定に依れば、前記検査は免許のときから三年ごとと改正され、同日以前に免許を与えたものについても、右規定は適用されているが本件免許証については、右施行令の施行前である昭和二十八年七月十三日の終了と同時に免許の有効期間は満了し、同時に右免許証の効力も消滅していたものと認め得る。然るに山田警察署長の回答書の記載に依れば、本件免許証は昭和二十九年七月十三日有効期間満了を以て失効の取扱を受けているものの如くであり、仮にこの事実を真実とすると右免許証の各記載とを綜合して前記検査期限の訂正は山田町公安委員会においてなされたものと認めることができ、且つ山田市公安委員会(前記回答書に依り山田市の市制実施は昭和二十九年四月一日である。)においては山口栄助に対する自動車運転免許は昭和二十九年七月十三日の満了迄は有効として取り扱つていたこととなり、従つて遅くとも同日の満了と同時に本件免許証は無効となつていることを認めるに十分である。

而して右免許証が昭和二十九年七月十四日以降は無効となつていることは、右免許証に記載しある免許証交付の時期が昭和二十六年七月十四日であること、検査期限が昭和二十九年七月十三日迄であることの記載に依つて、その文書の方式並びに記載の外観上当然に認め得るところであつて、同日以後において、右免許証が恰も有効な免許証の如く見誤られる虞は先ず無いものと見るべきである。

斯く実質的には勿論外観上も一見無効であることが明かな曾て文書であつたものの形骸に過ぎないものに対し、外観上恰も有効な新文書と見誤るべき文書の有効性の本質的要素に変更を与えずして、単に無効文書の一部に変改を加える如き行為は文書偽造罪の構成要件に該当し得るものではない。従つて被告人の本件行為については仮令公文書偽造並びにその行使の犯意が認められるにしても、前記認定の生年月日の訂正及び写真貼付の行為は、公文書偽造罪の構成要件該当性が無く、従つて又同罪の成立を前提とする偽造公文書行使罪の成立もこれを肯定するに由ないものというべきである。

以上により前記公訴事実の内容をなす本件被告事件は罪とならないことが明かであるから、刑事訴訟法第三百三十六条に則り無罪の裁判を言渡すべきものとする。

仍て主文のとおり判決する。

(裁判官 立山潮彦 真庭春夫 浅野達男)

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